『ちょっと待て。「うし」? これはモウ文章全部キーワードよけするしか。』
仕様が間違っている気がします。 といっても、目的から考えれば、筆者(誰)の知らないところで(謎)リンクを張るようにしないと意味がないだろうから、適切な仕様はなさそうですけど。 強いてあげるならば、キーワードへのリンクを無効にしたい文字列の場合は何らかの命令を埋め込むことができるようにするしかないか。美しくないけど無差別にリンクされるよりは美しい気はします。
ということは、「普通名詞」カテゴリにもキーワードとしてリンクを張るようにしていると、あらゆる「うし」がリンクされる状況ですか。 そのキーワードを登録した人のはてなダイアリーを見てみたい気がします。 「どうして」とか「どうしよう」とか「買うしか」とかの言葉は使っているんだろうか。
Web サイトの閉鎖が Web サイトの死だという意見には同感。 WWW から削除してしまうよりは、更新停止を選んだ方が良いとは思う。
少し前、こーさんはプライベートでショッキングな出来事があったと言っていた。 それが何かは敢えて明かさないが「大変辛いことだが誰もが経験すること」とだけ書いておく。 もしそれが原因で閉鎖を考えたのだとしたら、まったく馬鹿な話だと思う。 この日記でも何度も書いているが、俺は「サイトの閉鎖=サイトの死」だと捉えている。 常連にとって好きなサイトの死は悲しいものだ。 運営者が悲しい思いをしたからと言って、それは「常連を悲しませて良い」という理由にはならない。
常連が悲しくなるからという理由で Web サイトの閉鎖を非難するのは自分勝手だろう。 閲覧者がいてからこその Web サイトという意見もあるだろうが、 運営者が閉鎖の道を選ぶこと自体はまったく問題はない。
rss.rdf を生成するためのスクリプトで item の description を追加してみた。 元データの方にも要約を記述してみる。
常連が閉鎖を嘆くことも
まったく問題はないでしょう。 と言うか、常連が悲しくなるからという理由で言っているのに自分勝手ってのは変だと思いませんか。 そのサイトの常連が私一人だけだと言うなら別ですが。
なるほど。自分勝手の用法がおかしかったということですか。
では、換言しましょう。
『運営者が悲しい思いをしたからと言って、それは「常連を悲しませて良い」という理由にはならない。』
という発言をもって「だから閉鎖は悪だ」というような主張をしている場合は、その考えは間違っている、と。
「常連を悲しませる」などは、運営者が閉鎖するか否かの判断を下す一要因に過ぎず、それを理由として「閉鎖は悪」という結論を出すことは間違っているだろう。
もちろん、「閉鎖は悪」などと主張してないならば別に構わないし、そもそも、そのようなことを理由として「閉鎖は悪」などと主張すること自体も自由だろう。僕は間違っていると思うけどね。
「常連を悲しませる」ことは
運営者が閉鎖するか否かの判断を下す一要因ではなく、ただの結果です。 あるサイトが何らかの理由により閉鎖した結果「常連を悲しませる」ことになったと言うだけで、常連を悲しませるために閉鎖を選ぶ運営者はいません。 いるとすれば、それこそ悪です。 しかし、その「何らかの理由」は、果たして本当に「サイトを殺さなければならない理由」なのだろうか、わざわざ殺さずとも更新を停止するだけで済んだのではなかったのだろうか──それは運営者本人にしかわからないことですが、削除してしまう前にもう一度考えてみて欲しい、というのが私の主張です。
『削除してしまう前にもう一度考えてみて欲しい』
ということならば、
結果ではなく一要因なのではないだろうか。そういうことを考慮に入れた上で閉鎖するか否かを決定するのだから。
あと、『もう一度考えてみて欲しい』
という主張だとは読み取れませんでした。
表現力の問題か読解力の問題かそれら両方なのかはわかりませんけど。
もう一つ、別の段落から。
『私はいわいさんの顔色を窺って発言しているわけではありませんし』
ってそんなの当り前じゃん。わざわざ書く必要なんてないよ。ま、わざわざ書いても別に構わないけどね。